HOME > 「答え」-theAnswer- > 哲学 > Q2. 人は何故、存在するのか?


Q2. 人は何故、存在するのか?


A2. すべての出会いを楽しむ為


解説:

出会い

人は旅先で人と出会い、その地の動植物や風景、様々な体験・経験、新たな知識や美しさとも出会います。人生もまた然り。しかし、料理を楽しむように、甘いものだけではなく、辛い・苦い・すっぱい味わい(つらい、苦しい、寂しいような状況)になるとなかなか楽しむことができないのが残念なところです。

後になれば笑い話になるような事件でも、苦しい時は本当に苦しい思いをしているし、辛いときは「なんとかこの状況から抜け出したい」と考えています。人生における辛酸の味が、とても楽しくてしょうがないという人が居たら、頭がおかしいか悟っているかのどちらかではないでしょうか。

では、なぜ人は辛いカレーや苦いゴーヤや酸っぱい酢の物の味を楽しむように、人生の辛さ・苦しさは楽しめないのでしょう?


不動心

映画を観ているときは、主人公の危機にハラハラし、葛藤や悩み・苦しさに共感し、ときに涙します。感情移入して楽しめるのが映画や小説の面白さでもありますが、もし、自分が主人公だったら、殺されそうになるシーンでハラハラなんてしていられません。同じように、人生における主人公である自分の身に降りかかる不幸も苦しさも面白がって楽しむ余裕はありません。

この違いは何なのでしょうか?

それは、不動心があるかないかの違いだと思います。映画を観ているときのように、自分の身に降りかかることをも、ひとつのアートであると思える心境だったら、どう感じられるでしょうか。実際、パソコンやテレビの画面に映し出される地上波デジタル放送の番組やDVDの映画は、すべて0と1の繰り返しによるデジタル信号から作られています。0と1の反復だけで、複雑な模様・カラーや素敵な音楽が再生され、2次元の画面の中に感動の物語を映し出しています。

では、この世界が3次元のテレビやパソコン画面だと考えてみてはいかがでしょうか?(まるで映画マトリックスのようですが)そう考えることができれば、映画で涙するシーンのように、人生においては辛い・悲しいときでさえも、それを感動に変える観方ができるようになるのではないでしょうか。Q1でご説明したように、実際この世界も、ある「1つのもの」の反復で作られています。

これを理解すると体感も一緒に来るのですが、この世界がすべて脳と五感覚が創り出したアートであり、実在するものはひとつしかないことを明確に理解できたとき、すべての辛酸甘苦を楽しめる不動心を自分が既に持っていたことに気付かされるのです。



本サイトに関するお問い合わせ
掲載内容に関するご質問は、こちらよりお寄せ下さい。