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Q6. なぜ世界はひとつになれないのか?


A6. 領域・信念・アイデンティティーに分離があるから


解説:

分離の意味

世界がひとつにまとまれない原因は何でしょうか?国家が国境で争い、人や動物が縄張りを争う風景は今も昔も変わりません。東シナ海のガス田開発に際しては、中国と日本で「どこまでが自国の領域か」を巡って争い、会社の同僚とも「どこまでが自分の仕事の範囲か」を巡って争うことがあります。同様に、信念体系が違えば戦争をし、価値観が合わなければ言い争いもします。アイデンティティーが違うから、会社同士で競争したり、人が人を殺したり、精神的に追い詰めたりします。領域・信念・アイデンティティーの分離から生まれる摩擦・衝突・葛藤が様々なかたちの問題となって世界を覆いつくしているように観えて仕方がありません。

では、もし、これらの分離がなくなったらどうなるでしょうか?

分離がなくなっていくということを、スポーツを例にイメージしてみましょう。サッカーのワールドカップや甲子園を目指す高校野球でも県大会で地元のチームを応援しているときは、同じ県でもライバルになり、争います。しかし、地域大会になれば自分の県を応援して、他の県のチームとは争いますし、全国大会になれば、自分の地方のチームを応援して、他の地方と競争します。そして世界大会になれば、みんなで日本を応援している訳ですが、ここで見られるのはアイデンティティーの分離ではなく、統合ではないでしょうか。例えば私は鳥取県の東高(という名の高校)出身なのですが、自分を「東高のOB」と思うか「鳥取県人」と思うか「中国・四国地方の一員」とみるか「日本人」と思うかの違いしかないのです。どんな思いを選択するかで、自分のアイデンティティーは幾らでも変化するのです。

もし、地球に暮らす65億人が同じアイデンティティーになり、領域・信念・アイデンティティーの分離がなくなれば、世界はひとつになるでしょうか? それとも、それは単なる空想に過ぎない夢物語なのでしょうか? 実際「私は地球人である」と考えて地球温暖化防止に努めることもできれば、「私は自由人である」と考えて好きな仕事や価値観を選ぶこともできます。でもこの状態では政治的な摩擦や宗教戦争、企業間・個人間の様々な問題は解決しません。いったい何が必要なのでしょうか?


科学が解き明かしてきた事実

世界がひとつになる為に必要なことは「人間の再定義」だと私は考えています。

人は皆「この身体(脳・意識・DNAなど)が自分だ」と無意識に考えて「心の国境」を創っています。しかし、本当にそうなのでしょうか? これまでに科学が解き明かしてきた事実は、見事なまでに人間の尊厳性を覆すものばかりでした。天動説から地動説へのパラダイムシフトでは、「この地球が宇宙の中心」から「地球は太陽の周りを回っており、太陽も銀河系の端っこに過ぎない」ことが明らかになりました。まさに主人公から一気に脇役まで降ろされたような気分です。

ダーヴィンの進化論では、「人間は神様に似せて造られた特別な存在」から 「環境変化に適応した動物の一種で偶然の産物である」ことになり、神の子からちょっと特別なサルになってしまいました。それでも「ひとの命は地球より重い」と信じてきたのですが、DNAの解読により「生命もプログラム可能なコード」に折り畳まれていることが明白になり、遺伝子組み換え食品や青いバラだけでなく、遺伝子組み換え動物も販売されるようになりました。倫理的な論争を巻き起こしながらも、デザイナーベビー(遺伝子操作された子供)を創ろうという試みも始まっています。

一方、量子力学では人間という存在も「認識する主体があるから存在する」ことになり、脳神経科学の進歩により「自分の意識が意思決定をしている」と考えられていたのが「意思決定は無意識がしており、意識はそれを“自分が決定した”かのように思い込まされている」ということが言われるようになってきました。

科学が自然と宇宙の仕組みを解明するにつれ、人間の尊厳性はますます破壊され、人のアイデンティティーを定める大事な部分が覆されてきたのですが、この流れでいくと次に解明されるのは「私たちが一番否定されたくないものがひっくりかえる事実」ではないでしょうか? それが「この身体が自分だ」という思い込みだと私は考えています。

Q1でご説明したように、人間の材料を物質的側面と非物質的側面から観た際の根本的な構成要素は、振動であり粒子でもある“ひも”であり、Q4でお話しした本来の心(Original Mind)が、すべて繋がっていることを体感で確認できたならば「心の国境」はなくなります。本来の人間とは何なのかを、すべてが自分自身であることを明確に事実として理解すれば、領域・信念・アイデンティティーの分離も自然と溶けてなくなってしまいます。

地動説が当時の世間に受け入れられなかったように、この事実も数多くの人が様々な視点で確認して初めて常識になってゆくのだと思いますが、そもそも人間とは本来どういう存在なのかについて、一日も早くより多くの方々が気付かれることを願ってやみません。



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