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観えてくる景色


観点の変化

人間とは何なのか?その答えでもある本来の自分自身(本来の心:Original Mind)に気付く過程(以下、意識の進化 or 悟りの道といいます。 まぁ単語は何でもいいのですが)では、一体どのように認識や観点が変わっていくのでしょうか? そのことについて ご説明したいと思います。

パソコンにはハードウェア(環境・有形)とソフトウェア(理論・無形)があるように、 意識の進化を促す教育にもハードウェアとしての場とソフトウェアとしての学問があります。 NohJesu氏の企業グループで提供されているハードウェアは「コミュニケーション実践トレーニングの場:フィールド」であり、 ソフトウェアが「すべての存在をシンプルなイメージから統合する学問:HITOTSU学」になります。

その学びの過程を図にすると図のようになりますが、今までの大学などで行われてきた アカデミック・スマートを育成するやり方では、理解して・覚えて・知っているという段階までに留まります。 これに加えて企業などの現場で培われるストリート・スマート的な、実践して・感じて・身に付けるステップが あることで、運転免許を取得する教習所のように、行動と体感を通じて身に付ける(I am になる)ことが 可能になっています。

この大学と企業の両方の持つ良さを融合させた教育方式を通じて、フィールドでHITOTSU学を学んでいくことで、 どのように“すべてがひとつ”に見え始めるのでしょうか?

ひとつのイメージ

分かり易い例をご紹介しましょう。例えば自然界では、雲から雨が降りますが、それはやがて川や湖となって 地表を流れ、大陸では大河となって海に注ぎます。この海水が親潮や黒潮などになり、冷やされたものは 深層海流となり、温められたものは水蒸気となって風になり、上昇したものは雲となって、また雨や雪を 降らせます。雪が積もった大地では氷河を形成し、南極大陸の氷棚にもなりますが、名前が雲・雨・川・ 湖・大河・海・潮・深層海流・風・雪・氷河・氷棚と変わっても、実在するものはひとつ、水(H2O)しか ありません。水が条件・状況・環境が変わることで様々な存在に姿を変え、人間がそれに勝手に名前を 付けて認識しているのが事実ですが、実在するものはひとつしかないのです。

自然界だけではなく、この社会ではどうでしょうか? 集落、村、町、市、県、都市、都会、田舎、 サークル、団体、組織、家庭、企業、国家など、様々な名前が付いていますが、 これも同じく実際には人間の集まりの濃度の違いでしかありません。集まる目的や種類が違うから 異なる名前を付けて認識しているだけで、その実態は人の集まりです。

人類はこれまで、様々な現象や存在に名前を付け、人間の勝手でその用途・機能・目的などを定め、 ○○だったら××すべきだなどの論理を展開し、その濃度が高まると常識、業界ルール、法律など を構成して自らその意識空間の網に縛られてきましたが、実際にはすべての存在も条件・状況・ 環境がある一定の範囲内にあるから存在として観えるだけで、人間が五感覚を通じて認識している 存在は実在ではないのです。

このことが段々と感覚も伴って理解できるようになると、様々な自然現象、社会現象、 心理現象、歴史・文化現象までもがシンプルなひとつの観点から整理整頓して 観えるようになり、Before/Afterでも述べたように ストレスもなくなれば、複雑な思考や無駄な考えも減ってきて、不動心に近い 落ち着いた心の状態になっていきます。

言葉での表現には限界があるので、これは是非ご自身で実感していただきたいのですが、 もうひとつ、非常に大きく変わった世界観があります。それが本当の成功・幸せと 仕事に関する観方なのですが、この詳細については新しい時代の提案をご覧ください。

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